スペイン

2009年7月28日 (火)

一瞬の出来事

バリバリに乾燥、ギラギラの太陽光線が突き刺さるスペインの夏が大好きです!と言うか大好きだったと思います、、、

ただ森の中に街が在る様な、そんなポートランドで10年が過ぎてみると今日昨日の様な以上に暑い日は(と言ってもスペインよりは涼しいのでしょうが)こっちの連中と共に「アッちぃーーーーッ!」と口走る様になってしまいました。で、髪を少し切ってもらおうかと思っています。

アメリカは日本語が通じる所が有るので助かりますがスペインではそうも行かず、まだ言葉がおぼつかない頃美容院に行った時の話です。

guardarスペイン語で守る、保つ等の意味で、英語のto keepに近いと思いますが、この言葉を使い店長らしき兄ちゃんに「ポニーテールは保ちたい、でもってココとココと、、、」身振り手振りで説明してると奥で2〜3人のセビリア娘らが「あたしにやらせてぇ〜!」とウダツの上がらない東洋人兄ちゃんの取り合い。
「何だこいつらアジア人に興味有るのか、、、」鏡の中の自分を観ながら「俺もまんざらじゃネェな」
と色々な妄想が膨らみつつあったその次の瞬間「ハイ、これッ!」
慢心の笑みで一人のヘソ出しルックセビリア娘が切り立てホヤホヤのポニーテールを自分の前に差し出してくれていました、、、、
ほんの20秒位の出来事です。

鏡の中にさっきの色男は無く、落ち武者のさらし首が、、、、

guardarそう言う意味もありますが、保存、しまって置くとの意味も有る訳で、、、
段々薄々気付いたのか、鏡越しに落ち武者の目を悲しそうに見詰めるヘソ出し娘。

あまりの出来事にその後出家した彼女。
今でもセビリア郊外に落ち武者と寄り添う様にして眠るヘソ出し娘、その二人の碑が、、、

アァ〜、こりゃやっぱ暑すぎだぜ!ベイビー!!

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2009年5月 1日 (金)

アンダルシア其の三

ポートランドは久しぶりの青空、ホント今日は太陽にほれぼれしました。

前回のブログ。我々二人がお世話になった方々も読んで下さってる事も在り、思い切って恥部をさらした所、色々な方からメールを頂きました。
かえってご心配をおかけしてしまい、誠に恐縮です。本当に有り難うございました。

その彼女は今週Sevillaに居ます。
向こうでの大親友フェルナンドに彼女を宜しくと先日電話した所、4時間も話しました。
スペインではAdios!と言ってから大体小一時間は喋ります。

彼女のメールによると2年前建設中だった地下鉄の工事が当然の如くまだ続行中、確かあの時は2008年完成予定でした。
ただ工事の計画自体は自分が居た頃の話で、2年前は着工してた事自体に「まだあったのか、この計画」と驚いたモノでした。

仕事が遅い、計画が巧く進まない、すぐお昼寝しちゃう等良く笑い者になるアンダルシア人。
彼らを弁護します。まずちょっと穴を掘ると遺跡やミイラがすぐ出るので地下鉄工事がスイスイいく訳ありません。
シエスタも、あのサハラから来る熱風とギラギラしたクソ暑い中働ける方がおかしく、昼寝をして又ちょっと働く方がよっぽど効率がいいと思います。
誰も歩かない日中を歩き回わり、熱中病にかかるのはいつも日本人かアメリカ人の団体旅行者でした。
ただ計画が起てづらいのは事実です。
アメリカですら、日本なら一年後、十年後の計画まで起ちますがアンダルシアでは3分後に何が起るか分かりません。
したがってこの世界で生きて行くには柔軟で臨機応変な哲学を持って無いと辛い物があります。

常に即興で生きて来たアンダルシア人、、、ただこの生活習慣もユーロ導入後は先進諸国に追いつけとばかり変わりつつあり、さらにこの不況で美しいアンダルシアの土地が金の有るイギリス人やドイツ人らの手にどんどん渡っているそうです。

何だかあの丸みを帯びたアンダルシア人の発想が四角くなってしまうのは寂しいとフェルナンドに言った所それはあり得ないと。
なるほど確かに現地は午前2時、電話の向こうからSevillaあげての春祭り「フェリア」の騒音が聞こえてたので安心しました。

と、仕事し過ぎで離婚するはめに成った男が言うのもなんですが、、、。

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2009年1月22日 (木)

アンダルシア其の二

二年前、スペインを8年ぶりに訪れ思った事。やはりユーロ導入で想像以上に変わったな、、、と。
しかし久しぶりに会う友人や現地の人に触れてると、当たり前ですがやはり連中はスペイン人。ギターは変わったが弾いてる奴は変わって無いと言う様な感じでしょうか。

最初に暮らした村では、まず村の人に覚えてもらうため毎日決まった時間、同じ店にコーヒーを飲みに行きました。
来る日も来る日もコヒーを飲みに来る、言葉もおぼつかない謎の東洋人に人なつこいアンダルシア人が興味を示さないはずは無い訳で、店のオーナー、マノーロはこの東洋人が来る1分位前から店の外をチラチラ見ながらもうコーヒーを入れ始めてました。
ある日、案の定コーヒーを入れ始めてるのを知りながら、店に入りわざとビールくれ!と言った瞬間の、あのマノーロの顔が懐かしいです。
そのあとコーヒー以外の新しい単語を覚えたと言う事で、ワインや何だかんだ色々説明されながら飲まされました。
それにしても店には男どもが多い。昼間から酒を飲みギャグを言い合い、音楽の話で、政治の話で、自分を見て日本の話に花が咲く、悪気は無いがほとんど知ったかぶりで中国、韓国、ベトナムまで皆ゴチャゴチャで一緒、でもとにかく盛り上がります。
午後2時頃になると昼食におかみさん連中が旦那を迎えに来て一緒に一杯ひっかけ去って行く、中には彼女らで盛り上がってしまう事もよく有る。
当時スペイン、特にアンダルシア地方は失業率が日本の3~4倍。だとしたらいったい何んだろうこれって、これが日本だったら?と思ったりもしましたが、、、
今、この冬のオレゴンで当時を振り返り一つ思う事、きっとあの地中海の太陽、多分あれだ!

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2009年1月19日 (月)

アンダルシア

ではスペインでの事を。
とにかくアンダルシアで暮らすが夢でした。始めは目に飛び込んでくるイメージ全てに感激、特に青い空に白い村の風景は暇だったのでよく写真を取りに行きました。
住んでたのが街から離れた小さな村で、少し行くともう一面の麦畑、ひまわり畑。
ある時ひまわり畑の中で白壁に囲まれた美しい場所を発見。
抜ける様な青空の下、大量のひまわりとモザイクを施した白壁、そのコントラストがとてもまぶしい正にアンダルシア!
色々な角度から写真を撮りまくり、建物の正面に来た時ちょっとビックリ、墓地でした。

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