彼の名を聞きPata Negraと来た方はかなりのフラメンコ通でしょう。
幸運にもスペイン時代、一緒に仕事をさせてもらったSevillaが生んだ伝説のバンド¡Pata Negra!
リーダーRafael Amadorが率いる一員として95年から97年まで色々な場所に行きました。
その時のパーカッションが当時まだ13か14歳だったRafaelの息子、Luis Amador。
まだ本当に子供で、ステージ以外ではドラゴンボール狂いの彼に何時も付きまとわれ、「ウザッテェな、こいつ!」と良く思ったモノです。
しかし、さすがはヒターノ(ジプシー)あのリズムはマジで圧巻!年齢じゃ無いです、練習量じゃないです、才能でもないです、血です。
で、その彼は今スペインが誇る世界のBailaor(フラメンコの踊り手)Joaquín Cortés一座の一員としてアメリカに来てます。
しかも休暇を利用してシアトルに来ていて、さらに彼のワークショップをオーガナイズしてる娘が知り合いでした!
12〜3年ぶりに電話で彼と話しました。
メキシコやキューバ、中南米訛りに耳が慣れてる今、あのヒターノ独特のアンダルシア訛り、、、走馬灯ッてこの様な時の言葉なのだろうか?
El Gauchoの休憩時間中でしたが、つい我を忘れ飯を食いそびれました。
がヤツは当たり前ですが27歳になってて、11月一杯シアトルに居るらしく一緒に何かやろうという事になりました。
11月はすでにスケジュール一杯ですが、さてどうしたモノか?
でも、、、、何とかします!
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